ベートーヴェン

 

の処へ行こう
こうしてる場合じゃない
と パリはノード駅より ≪オリエント急行≫に一人乗った
大陸横断寝台列車は明日の朝 ウィーンに着く
1月のヨーロッパは寒かったが パリに雪は無かった

寝台を横にして寝てると 時間は分からないが
乗務員がコンパートメントの電気を消し カーテンを閉める

どのくらい寝たのだろうか
強い霊気で起こされた
二段ベッドの上からカーテンを少し開けてみる
プラットホームの柱には<NANCY>と書かれていた

ここはドイツとの国境近く ロワール地方の首府
鉄鉱石と石炭を産出する為
昔から戦争の絶えない処
第二次大戦以降はフランス領となるが 住民はドイツ系

列車は寝ている間に国境を越える
目が覚め 下に降りてベッドを跳ね上げ カーテンを開ける
そこは まさに大陸の内陸性気候 静かな一面の雪だった

雪化粧の大平原に点在する家々
その各々全てに悲喜の生活がある
列車と私は 凝視しながら
無音に 通り過ぎる

暫くすると オーストリア国境 イミグレーションの審査官がドアを開ける
パスポートを渡すと「どちらまで」と聞かれる
「ウィーン」と言って 一瞬の間
「ヴィーン」と言い直す                          
彼「ニコッ」と笑う 
そう此処は オーストリアだ

リンツを過ぎた頃
ワゴン車に乗せたコーヒーを売りに来た
大陸の大河 ドナウ河沿いに その地へ走る
河は黒海に 私は途中のヴィーンに向かう
もう1時間もすると ベートーヴェン だ
カップの底に溜まったコーヒーの最後の一滴を飲み干す

ヴィーンの西駅は都会だった
おおまかな道を聞いて
旧市街の国立歌劇場を歩いて目指す

リンク通り 路面電車の内側
曇りの天気 午前中のオーパ(国立歌劇場)の周りは人影が無かった
隣りの大きなガラス窓のコーヒーショップのカウンターで
とりあえず ウィンナーコーヒー
(現地ではアイシュペナーと言う)
さあ これから何が始まるのか

昨日あれから 宿を決めレストランで食事
「ヴィンナーシュニッツェル ミット サラート」
(ウィーン風カツレツとサラダ)これからの主食に決めた
それと もちろんヴァィス(白)ワイン
ベートーヴェンの為に お金はいっぱい使っても良い気がする

宿は朝食付き
食堂に座るとオバサンが「モルゲン」と言って濃いコーヒーとライ麦パンを持って来る
暖房の効いた宿と違い 外はたぶん氷点下
目指すは中央墓地Ⅱ
            
どの位歩いたろうか
道を聞き々々 やっと白い門の前に着く
人影無く一面の白 
広い 広い 墓地の中 彼を探す 彼を探す
ふと思う どっかで見た風景だ
とっさに『第三の男』ラストシーンを思い出す
雪の中だったが 木立に背中を付け
真似してみる

雪踏む音だけの中
捜す 捜す
遠くにオバアサンが二人居る
近寄って「ベートーヴェン ベートーヴェン」と言ってみる
彼女達 ”全く分からない,, という顔をする
諦めて 探していると
15分位後 さっきのオバアサン達が向こうから呼ぶ
一本道の遠くからも指をさしてるのが分かる
とうとう来た と思った

温かい ときめきの中 真っ直ぐ 歩く
「ダンケ シェーン」と言い
一本道から脇に入った処に 彼は居た

モーツァルトのモニュメントを中心に何人かの音楽家が囲む
(モーツァルトは共同墓地に埋葬された為 お墓そのものは無い)
その中 ひと際大きく 背の高い三角形で
白く綺麗な 彼は居た
隣はシューベルト

とても 楽しそう だった。

旅の一つの目的を終えた私は
夜 酒場を探す
ベートーヴェンの供養とばかりに 思い切り 呑む 呑む
酔って 酔って お金を払わず 出て来てしまった

途中 雪の公園で『第九』を歌う
たまに擦れ違うヴィーンの人達 嬉しそうに見る

次の日 昼間 お金を払いに行った
ちゃんとキャッシャーの横に貼ってあった
呑み逃げもツケも日本人は初めてかな
バツ悪く コーヒーを頂く
昨夜の酔騒とは違い
静かだ。
             
            
             
その酒場とは
シュテファン大聖堂近くの地下
酒蔵を改修し 薄暗い
皆 歌が好きで各テーブル毎に歌いだす
私のテーブルに回って来た
『蒙古放浪歌』を歌う
拍手を貰ったか 定かではない

「ビッテー アインリッター ヴァィスワイン」
(1リットルの白ワイン下さい)
ベートーヴェンのお墓参りしたから どうなってもいいと
3本目を注文する
相席してたヴィーンの若いカップル
「そんなに飲んだら 雪の中で寝ちゃうよ」と言う
            
私 「寝るなら ここで寝る」
                               

Prost(プローストゥ) ≪乾杯≫。