≪領土≫

 

 フォークランド紛争のさなか
 ロンドンの日本レストランで働いていた

 ウェイターの殆んどがアルゼンチン人だった
 厨房に洗い物を下げに来ると
 「アールゼンティナー アールゼンティナー」
 と口々に叫んでいた

 その二ヶ月後 戦争は終わった

 ある日 仕事帰り 地下鉄の車内
 軍服姿の帰還兵がいた
 丸刈りの頭と半袖から出る腕には
 マジックで数人の友達の名前らしきものが書いてあった
         
 そして 左手にはビニール袋に入ったシンナーが
 時折 それを口に持ってゆく
 うつろな目からは 
 もう何時間も吸い続けているのが窺える

 彼自身の≪領土≫ その精神と肉体は

 ボロボロだった。