べートーヴェン  交響曲 第五番 ハ短調 作品67

『運命』

 

 私が名付けるならば
 『覚恋』交響曲

 先のド レ ミの自論から
 ハ長調の曲が最も歌い易い と思っていた

 
 
「第一楽章」

 ハ短調 4分の2拍子 Allegro con brio(輝きをもって速く)

 冒頭のフォルテッシモの四音は
 単純で強烈

 しかし 短調で ソ ソ ソ ミー ファファファレー
 と最後に二音階下がる印象は
 あまりに不安

 そして不安は四分の二拍子で
 か細く鳴く オーボエの懇願を物ともせず
 更なる追い討ちをかけ
 何度も何度もアレグロで主題を繰り替えし

 ノイロンの波は
 大きく うねりながら
 突 き 刺 す  突 き 刺 す
 (ソ ソ ソ ミー ファファファ レー)

 
 
「第二楽章」

 変イ長調 8分の3拍子 Andante con moto(気楽にのんびりと)

 牧歌的に穏やかな冒頭が
 ビオラとチェロで奏でられる

 それにつられ 様々な楽器が
 水を創り 雲を浮かべる
 あたかも 全てを 許すかの様に

 やがて威風堂々の主題が流れる
 しかし変イ長調 八分の三拍子は
 心の底の不安を隠せず
 全弦楽器とファゴットが
 最後に ブーイングする

 大自然からの赦しを得るか
 凛々しく孤高に立つか
 彼は模索していた

 天使と悪魔が混在する中で

 
 
「第三楽章」

 ハ短調 4分の3拍子 Allegro attacca(速く、そして次の楽章へ切れ目無く)

 妖怪が徘徊するが如く不穏に
 ハ短調 四分の三拍子は始まる

 突然 ファンファーレの様にホルンが
 第一楽章の主題を変奏し 遮る

 しかし妖怪はまた 彼に取り付こうとする
 必死で払い除けようとする 彼

 悪魔が その低い声で罵笑し
 天使達は互いに囁き合い 嘲笑する

 一頻り 罵笑と嘲笑を繰り返した悪魔と天使は
 天井から彼を見つめる

 そこには打ちひしがれ
 雨垂れの様に 白紙の五線譜に泪する
 彼がいた

 暫しの間 悪魔と天使は
 横目で彼を見ながら
 その軽い足取りで部屋中を歩き廻る

 
 孤独な沈黙を限界まで続けていた彼は
 急にその拳を握り締め
 口から重く唸り声をあげる
 そして その垂れた頭(こうべ)を持ち上げた

 彼の目の前にあったのは
 今 まさに夜明けを向かえようとする
 鮮やかな 朝焼けだった

 
 
「第四楽章」

 ハ長調 4分の4拍子 Allegro(速く)
 
 ド  ミ  ソ  の分散和音は
 大きく 澄みきった 太陽を昇らせる

 彼の瞳を赤く染めるその光は
 やがて彼の身体中を廻る

 巨大な歓びを得た彼の拳は
 何度も上下に振られ
 今まさに その心は飛び発とうとする

 しかし 彼の脳裏に ふと
 去って逝った悪魔と天使達への
 哀悼の念がよぎる

 赦す事を知った彼は
 赦される事を知り
 
 更なる
 完璧な歓びを得ることとなる

 「己の存在と大自然の融和」


 そして その歓びの波紋は
 山を越え 谷を渡り 河を越えて
 何処までも

 何処までも
 拡がって ゆく

 「不滅の恋人」の 心まで。





35歳 既にかなり難聴の進行していたベートーヴェンは

 ドアに耳を押し当て

 「不滅の恋人」の出現を

 ただ ひたすら

 待っていた。

 

 

 そうしてると “ドン ドン ドン ドーン”と扉を叩いたのは
 彼の下宿のオバサンでした

 「家賃まだかね 先月分も溜まっとるけん はよしとくれんね」

 彼はすごすご 居留守を決め込んで 楽譜に向かったのでした
 
 大家のオバサン 貴女のお陰です この曲が出来たのは

 いやー運命って ホント分からないもんすねぇ。

 〈追記〉ハ短調で始まり、ハ長調で終わる
 「不滅の恋人」ならず、私も
            
 惚れました。