京都に行きたい part1


 中学校の修学旅行の次は
 どうしても一人で行きたくなった
 それは中学卒業の後、高校入学の前の
 春休みだった
 
 中学の学割を使えば運賃は半額
 しかし親の手前、単独で行く訳にもいかず
 一応友達を誘ってみる
 荷物はF10(53×45.5cm)のスケッチブックのみ
 その両面に3mm厚のベニヤ板を貼り
 角と側を紙鑢で削って、即席の画板

 東京駅で待ち合わせた彼に
 「ここからはお互い一人になって旅をしよう」
 と別れを告げた

 ポンと乗った夜行急行列車は混んでいた
 座席は全て埋まり、乗降口と客室の間のデッキ
 そこにも7,8人が各々の荷物に座ったり、立っていた

 ガタンと動き出すと、その人達の息遣いと
 初春の空気が私の心と身体を撫でた

 夜行列車のドアの窓に
 移り行く家々の灯りと工場の照明
 そしてデッキに立つ人の疲れた表情が
 映る

 列車は走っていた
 私の力の遠く及ばない処で走っていた

 早朝、京都駅着
 友達は別の車両に乗っていた
 とりあえず食堂で朝食
 そして、また別れる「今度は東京でな」

 歩き出す
 お金をあまり持たない私は
 今夜、泊めてくれるお寺を探して歩く

 小さなお寺から回る
 次々断られる
 十寺程廻り、半ば諦めていたその時
 比較的大きなお寺があった
 中に入り、お坊さんに尋ねると「いいですよ」と言う
 そのお寺は『南禅寺』
 広い庭で小坊主達が掃除をしている
 ちょっと待てよ 
 一宿一飯の恩義に明日は一日掃除と座禅かな
 「あの 少し考えさせて下さい」
 自分から言っといて、恥ずかしながら 去る
 ここで腹を決める
 私は自由が欲しかったのだ
 宿は京都駅の待合室

 心と身体の自由の中で
 鴨川の水を飲み、川原で少し寝る
 大文字になって寝る

 起きてから裏路地の小さな古い文房具屋さんで
 Bの鉛筆と肥後の守(折畳み式ナイフ)を買った
 スケッチの対象は『清水寺』

 着くと舞台上は観光客で溢れていた
 此処じゃ絵は描けん
 お土産屋さんに行き小包用の紐を貰う
 もう一度、舞台に戻り欄干に紐を結ぶ
 片方をスケッチブックに
 するすると降ろす、そして欄干を乗り越え
 清水の舞台を柱と梁伝いに降りた

 向かい側では観光バスのガイドさんが、こちらを指さしながら
 舞台の構造を説明している様子
 その下の草の上で私は清水を描いていた
 心の儘に

 二時間程で陽が翳り出す
 気温も下がってきた
 吊り下げられた紐にスケッチブックを結んでから
 梁を登る
 舞台に立ってから、吊り上げる
 温かい心の中、夕暮れの清水の参道を下って行く
 十五歳の私は、旅人だった

 初恋も知らないのに、私は恋をしていた
 路の石畳に
 初めて曲がる角の向こうの板塀に
 擦れ違う全ての人達に

 『今 私はここに居る』 と思った

 五条通から大橋を渡り
 烏丸通を左に曲がる、京都タワーが見えてきた
 駅に着く前に腹ごしらえ
 パン屋さんを探す
 店先のベンチで食べるアンパンと牛乳が美味しい

 京都駅
 その二階の京都デパートは閉店の準備をしていた
 改札口では往く人、来る人が行き交う

 待合室は温かだった
 たまに見回りに来る駅員さんに
 "もうすぐ電車に乗るからね,,
 という顔をする
 そうです私の在籍は未だ中学生なのだ

 終電の出た午前一時過ぎ
 温かい待合室を出される
 私を含め、十人程が泊まるつもりだったらしい
 若いサラリーマン風から中年の女性まで
 皆、暗く閉じた改札口と反対側
 二階の京都デパートに通じる長い階段に座る

 始発電車の着く四時少し前迄の約三時間
 私はその階段の最上部に座った
 壁にもたれスケッチブックを風除けにして

 ガランとした三月末の京都駅構内は寒かった
 寝るのを諦め立ち話しをする人
 寒さから体を動かしながら目をつむる人
 コートを頭からすっぽり被る人
 皆が待合室の開くのを待った

 四時前、駅員さんが鍵を開ける
 ぞろぞろと入って行く
 暖房を点けたばかりで未だ寒い
 でも、とりあえず座れるべき処に座った安堵から
 眠りに堕ちる

 ざわざわとした人声で目を覚ます
 そこは日常だった
 昨夜から私が此処に居た事など皆知る由も無い
 そして私も一緒だった人達を見ていない

 昨日の朝と同じ食堂に行く
 変わった事は独りである事
 スケッチブックの一頁に下絵が出来た事
 そして 愛すべき重さが少し出来た事

 
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