京都に行きたい part2


 清水に向かう
 朝早いので観光客も疎ら
 お土産物屋さんは開店の準備をしている
 私は半ば此処の住人になった気持ちでいた

 そしてまたスケッチブックを紐で結び
 欄干を登る

 澄んだ空気の朝、定位置での鉛筆は進む
 一番乗りの気分だった
 次々に来るバスガイドさんと観光客
 "あんな所に人がいるよ,,
 と言われてる様子、皆がこちらを指さす

 気温が上がったのか時折、睡魔が襲って来る
 私はその草の上で寝た
 一時間程眠り、また描き出す
 舞台の上では、さっきと同じ光景が
 私は一人自由だった

 一番暖かな午後二時過ぎまで描き
 食事をし、鴨川の川原で寝る事にした
 また今晩の寒い京都駅の宿のために

 京都は空が大きかった
 西へ傾く太陽と冷たい川面の風で目が覚めた

 鴨川に迫り出した料亭に
 灯が燈っていた
 独り歩き出す、その頃聴いていた岡林信康
 『山谷ブルース』『流れ者』『チューリップのアップリケ』
 そして、五つの赤い風船『遠い世界に』を歌いながら
 夕暮れの中、時折、手を繋いだカップルと擦れ違う
 川原の石踏む音
 そして鴨川の水の囁きと私の声があった

 
 ライトアップされた京都タワー
 京都駅はいつもの顔、とても綺麗
 構内の夜の寒さを知った私には愛すべき処だった
 いつもの待合室に座る

 「旅行ですか」
 隣に座っていた眼鏡をかけたお兄さんが訊く
 今迄の経過を話す
 彼は早稲田大学政経学部の学生
 今度、京都大学文学部に合格し来春より京都に住むという
 「今夜は私のホテルに来ないか」
 スケッチブック一つの煤けた顔の私を見て言った

 タクシーで向かう
 さっきまで歩いていた道を逆方向に走る
 行く先は二条城近く京都インターナショナルホテル(現、京都国際ホテル)
 絨毯張りのロビーに入る
 歩き疲れた足豆に心地良い
 エレベーターで十階位の部屋に行く
 大きなガラス窓から夜景が綺麗だ
 ”何故、私は此処に居るのか,,と思う余裕も無かった

 ルームサービスでミルクティーを注文してくれた
 シングルルームなのに二つ
 「作家は誰が好きなんですか」と訊ねる
 彼、武者小路実篤だと言う
 
 ここで彼、京都駅のコインロッカーに忘れ物した事に気付く
 また二人でタクシー
 「実篤のどれが好きですか」
 彼「馬鹿一だ、着眼点と展開が面白い」
 
 人混みの京都駅
 いつもの様に上り下りが行き交う
 東京駅にこれは無い、全て下りだ

 改札口脇のコインロッカーに行こうとしたその時
 そこには、今まさに切符を買って改札に入る瞬間の
 東京から一緒に来た友達がいた
 大急ぎで名前を呼ぶ
 彼、嬉しそうな顔をする
 私もそうだった

 三人で話し、切符を払い戻し
 その大学生のシングルルームで雑魚寝に決めた

 深夜二時過ぎ迄、友達と語り合った
 大学生は実篤よろしくベッドで高鼾
 
 次の日、大学生は東京へ
 私は帰りの夜行を友達と待ち合わせ
 清水へスケッチの仕上げに向かう

 鴨川に別れを告げた京都駅
 東京行きは指定席二人

 初恋の三ヶ月前
 煙草、シンナーを知る五ヶ月前
 童貞喪失の丁度一年前の早春だった

 その清水の絵は
 スケッチブックごと彼女にあげた。