美術学院


 現役で大学受験する気は無かった
 牛乳配達、新聞配達
 そして日曜祝日は三越デパートの什器搬入搬出

 そんな中、高校三年の夏休み
 御茶ノ水美術学院の芸大受験コースに
 一週間分の授業料を払った

 一日三時間、用意する物は
 カルトン(画板)、描画用木炭、針金製の木炭芯抜き
 そして食パンだった

 食パンは意味が解らなかった
 三時間の長丁場で途中”腹が空いたら食え,,
 という事かなと思っていた

 教室に入ると、みんな備え付けのイーゼル(画架)を
 それぞれの好きな場所に運んでいた
 やがて木炭紙が配られる

 モチーフはブルータス
 「一番明るい点と暗い点を決めろ」
 それが講師からのアドバイスだった

 見様見真似で木炭の芯を抜き
 ブルータス オマエモカいてやる
 とばかりに取り掛かった

 その頃、高校の授業中に
 雑巾を無造作に置き、鉛筆で描いていた
 木炭も石膏像も初めてだった

 嬉しかった
 その木の椅子に座って
 石膏像を見つめる事が嬉しかった

 ポンポンと音がする、ふと周りを見ると
 みんな描いた木炭の線を中指で弾き落としている
 それでカルトンが厚いボール紙で出来ているのが分かった

 写実なら誰にも負けない
 何故みんな描いた線を消すんだろう
 そのうち隣の人が食パンを千切って絵を撫でる

 パンは食べる物だろう
 私は口に入れながら
 一気に描いた

 初日の三時間で私のデッサンは終了した
 ”どうだ,, と言わんばかりに教室を出た
 後は金曜日迄デパートのアルバイト

 土曜日、教室に入ると
 全員の作品が前の方に並んでいた
 私のも在った

 愕然とした
 私のは黒い木炭で白い石膏像を黒いデッサンにしていた
 皆はその逆だ

 輪郭の写実と影の対照は秀逸
 しかし質感が違う
 白い木炭紙に白い石膏像を描く

 今、石膏デッサンの受験科目は賛否両論あるが
 私はあの時の衝撃を忘れない
 どこまでも柔らかく重い石膏だった

 現役で受験をしなかった私は
 その時間で運転免許を取った
 そして交付された二日後、家を出た

 神田川の見える三畳一間で仕事しながら浪人をして
 発表を水道工事の現場から夜、車で見に行った
 法政大学 文学部日本文学科

 入学すると
 すぐに美術研究部の
 黒く硬い鉄板の扉を叩く

 最初の展覧会、出展作品は
 白と黒で
 過去と現在、二次元と三次元の対照だった。